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2007年4月

歯科医御用達デジカメ

 昨日、歯の治療に行ってきた。

 どうも歯医者さんは苦手で、医院の前まで来てあの「ウィ~ン」という歯を切

削する音なんかが聞こえたりすると、足がすくんでしまって、今日はやめとい

てまた今度にしようなどと弱気のムシが騒ぎだすねんけど、後で「なんでもっ

と早よ来んかったんや」と言われたりするので、ここは一番、清水の舞台から

飛び降りるつもりで歯医者さんの門をくぐったのであります。

 まあ、ぼくの行く歯医者の先生は気さくな人で痛くないよう、苦しくないよう

気をつかっていただいてるのがわかる。

 でも時おり無茶なことを言わはります。

「口を開けといて下さいね。痛かったら痛いって言うて下さいね。」

…口開いてんのに、喋られへんやんか

世間話なんかが始まったら、そりゃもう大変。

「お母さん、元気にしたはりますか?」

「はえ」(「はい」と言ってるつもり)

「仕事の方は、一段落しました?」

「はえ、ふこしはほちつきまひとぁ。」(はい。少しは落ち着きました。)

「あー、喋ったらベロに当たってしまいますよ。」

…先生が、話しかけてきてんねんやんか。

 「はい、もう一回、口を開けておいて下さいね。写真を撮りますから。」

 レントゲンではなく(レントゲン写真の装置もあるんやけど)デジカメで口の中

を撮らはります。(全ての患者さんにそうしているようで、今度その人が来た時

、カルテと共に治療の参考になるらしい。)

 手に持ったはるデジカメはフジのS7000&外部フラシュ。

「はい。では撮りますよ。」

「先生、キレイに撮ってちょうだいね。」

「冗談、言うてんと。はい、じゃあいきます。」

「チーズ」

「ははは、おもろい人やなあ。動かずに口を開けといてくださいよ。」

無事(?)撮影も済んで、本日の治療はこれで終わり

…なんやけど、

「最近はデジカメで撮らはるんですね。」の一言が発端になって、診療時間が

過ぎていて次の患者さんが来ないので、先生が喋りださはりました。

「けっこう、キレイに撮れるんですよ。」

…虫歯を撮るのにキレイもないやろうに

「以前は、キャノンのEOSを使ってたんやけどねえ。」

…おっ、デジイチやん。そんなんで口だけ撮るのはもったいないやろ。

「どうもピントを合わすのが難しくってね。」

…そりゃ、そうでしょう。まさか、ボケ味のキレイにでるレンズ使ってはったり

して。どんなレンズ使ったはったんやろ?マクロ?

「それに、外部ストロボの設定間違えて、患者さんがビックリしはったことあり

ますんや。」

…そら、そうやろ。そんな至近距離から外部ストロボをフル発光させたら誰で

もビックリするわ。

「こら、使いにくい思うてたら、知り合いの歯科医からこれがいいと教えてもら

ったのがこのカメラやねん。奥までピントクッキリですわ。」

…さすが高感度に強いフジ。ISOいくらで撮ったはるんやろうね。それにコン

デジやから被写界深度も深いやろうし。

「けど、もう三年使ってるから、そろそろ新しいのに買い換えようと思うてるん

やけど、5月17日に新しい機種が出るから変えようと思うてるんですわ。」

…今、使ってるカメラ不要になるなら、くれへんかなあ?

いや、それよりEOSはどうしはったんやろ。診察室の隅に眠ったままになって

るのやったら、くれはれへんかなあ?

などと考えはしたものの、ちょっと言い出せませんでした。

 結局、長々と話を聞いたあと「では、次は水曜日に来てください。」ということ

に相成りました。

 歯医者さんからの帰り道

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不思議な樋がありました。

屋根の軒下の樋を通って雨水が下水に流れていくのでしょうが、途中にナナ

メ上に枝分かれして蓋がついてる。

これって一体何のためについてるんやろう?
 

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一人称・二人称

 前々回に、関西人は話し言葉の中で相手のことを『自分』っていうということ

について書いたけど、日本語の一人称・二人称は非常に多くて、例えば一人

称だと私・僕・うち・あたい・俺・おいら・わて・わし・おいどん・あちき・拙者・我

輩・麻呂・朕…ものすごく言い方がある。

 二人称にしても同じで、あなた・君・あんさん・おまえ・きさま・お主・おい(?)

…言い方はいろいろありますなあ。

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 ところが英語ではどうなんでしょう?

 おそらく、私は『I』あなたは『You』という言い方しかないのではないかなあと

思います(よく知らんけど)。

 昔、テレビで英語の字幕スーパーの入った映画『七人の侍』を見ていて、三

船敏郎さんが鬼の形相で「貴様ぁー!」と叫ぶ場面の字幕スーパーが『You』

だったのを覚えてるけど、なんか変な感じがしたもんやわ。

 どちらかっちゅうと『Gut’em』(つづり間違ってるかも)の方が、場面から言うと

合ってるような感じがしたもんです。

 (なんか、この記事、以前にも書いたような気がするけど…重複してしもうた

かも)

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アーモンドチョコレート

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 最近ちょっと甘いもんづいてる。

先日、お客さんのところで、どら焼きをいただいた後、次に行った先で饅頭を

いただき、家に帰ったら娘が作ったケーキがあったので食べた。

翌日、何故か知らないけどアーモンドチョコレートをもらった。

疲れているときに食べたらいいんですよとのこと。

アーモンドチョコレートというと、どうしても忘れられない思い出がある。

娘がまだ幼少の頃、初めてアーモンドチョコを食べたとき、アーモンドを口か

ら吐き出して言ったひとこと。

「おとうちゃん、このチョコレート種がはいってる。」

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いい加減

ええ加減(いい加減)という言葉は、ええ加減やわ。

「ええ加減にせえっ」って言うときは否定・NOの意味になるけど、「あ~、ええ

加減に熱燗できとるなあ」というときは、肯定・OKでまったく正反対の意味に

なってしまう。

「結構です」ちゅうのもOKなのかNOなのかわからん。

話の流れからOKなのかNOなのかはわかるけど、「結構です」という言葉自

体は、どちらの意味でも使われますなぁ。

「もっと、食べはりますか?」

「いや、もう結構です。」はNOの意味。

「この料理の出来栄えはどう?」

「大変結構です。」はOKの意味。

そういえば、自分というのは私であり、一人称なんやけど、相手のことを日常

会話の中では「自分」って言ったりする(関西だけかもわからんけど…)。

「自分、ええ加減にしいや。」…もちろんこれは相手を非難する時に吐き出さ

れる言葉やけど、「オレ、ごっついええ感じ。」という意味にとれなくもない。

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イーデス・ハンソンさんが日本に来てまだ日もあさい頃、電車の中の日本人

の会話を聞いていて不思議に思ったそうである。

「ああ、久しぶりですなあ。」

「ああ久しぶり。どうしたはるんですか?」

「いやぁ~、先日阪急宝塚の方に引っ越しましてなあ。」

「ほう、これはまた閑静ないい所に行かはったんですねえ。」

「ええ、また一度遊びに来てくださいな。」

「おおきに、一度遊びに行きまっさ~。」

というような会話があって、そのうちの一人が次の駅で降りたんやそうですな。

ハンソンさんはその時こう思ったんやそうです。

『阪急宝塚としか言ってないのに、遊びに行けるのだろうか』と。

外国から来た人にとって日本語って理解しがたい部分があると思いますわ。

以前、学生がこんな会話をしてました。

「あ~、失敗してしもうたわ。なんとしても汚名挽回せんとなあ。」

「せやなあ。」

これこれ。それを言うなら汚名返上でしょ。

汚名を挽回してどうすんの。

いやはや、日本人にとっても日本語は難しいようで。

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枚方サイクリング

「いつでも行けるわ」という気があると、いつまでたっても行けないということがあって

例えば大阪に生まれ育った人でも通天閣にのぼったことがないという人は

意外に多いのとちがいますやろか。

ぼくも今は奈良県に住んでいるけど、生まれも育ちも大阪です。

けれども大阪の市町村の中にはまだ一度も行ったことがない、というより

車や電車で通過したことさえないという場所もあります。

先日、枚方市に行ってきましたが、枚方というところも

子供の頃、遠足で行ったっきりで、京都に行くときに通過するだけでした。

(実際は枚方に行ってみて、15か16歳の時に枚方の松下記念体育館での

ボブ・ディランのコンサートに行ったことを思い出したのですが…)

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今回、東海道の57次ぎめの宿場町が枚方であることを教えてもらい

また、淀川を京都伏見から大阪天満橋を往来する三十石船の

船宿が並んでいた場所が枚方で、船宿や街道筋も整備されて

保存されていることを教えてもらったこともあっての枚方行きです。

このことを教えてくださった「森のどんぐり屋さん」から

枚方に関するパンフレットを送っていただき、綿密な(?)計画の下

観て回る予定だったのが、ちょっと欲張りすぎて

我が年齢も考えず、自転車を使って一日で枚方市内全域を見て回るなどと

無茶な計画をたてちゃったんですわ。

自転車で回ることを考えたら、一箇所で長く時間を取れないにもかかわらず

淀川河川敷と東海道の街道筋辺りでかなり時間をつぶしてしまい

予定に入れてなかった、青空市や街頭コンサートなんかを観ていて

大幅に予定が狂っちゃいました。

あとはひたすらペダルをこぎ、立ち止まって写真を撮ったら

またすぐペダルをこぎ、帰る頃にはお尻が痛いのなんの。

まあ、あまり欲張らずに、ポイントを決めてじっくり観て回るべきだったと反省です。

短時間であちこち見物する団体旅行やないいんやからねえ。

枚方の印象は駅前の賑やかさにちょっとびっくりしたのと

少し離れればのどかな淀川沿いと、それに並行する旧い街道筋。

車優先の国道1号線(階段を登らんと横断できない場所が随所にあり。

自転車ではちょっと辛い)

出口がわからない団地の中(魚籠の中に入ってしまった魚状態ですな)

住宅地を抜けたら突然現れる田園風景。

見所はいっぱいありそうです。

今回は何を撮るかわからないので標準に近いレンズだけを持っていったけど

今度行く時は、もっと的を絞って行こうと思うのでした。

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料理の食べ方

枚方に行ってきました。

それは良かったんやけど、忘れ物を二つ。

眼デジのシャッター押したら、なにやら赤い警告が出て

「SDカードが入ってません」という表示。

あちゃー、カードセットしてくるのん忘れてるやん

こうなったら、カメラはただの箱でしかありません。

サブ機としてコンデジ持って来てたから

それにセットしてあるカードを入れ替えて事なきを得ました。

もうひとつの忘れ物は、いろいろメモっておいた手帳。

ホンマに我ながらあほやなぁと思います。

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話は変わって…

今日は昼食(といっても午後3時を過ぎてたけど)にラーメンを食べました。

別に何を食べても良いんやけど、定食の類はあまり食べません。

それは以前に「変った食べ方をするねえ」と言われたことがあって

まあ、今は気をつけて食べてるけれど…

自分ではそう言われるまで、あまり意識したことはなかったんやけど

一皿ずつ食べていくんですね。

例えば焼き魚定食を食べるときなんかは

先ずは焼き魚を全部食べて、それが済んだら漬物だけを食べて

それが終わればご飯だけを食べて、ご飯を食べ終えたら味噌汁を飲むというふうに。

味噌汁を一口飲んで、ご飯を一口食べて、魚を一口食べて…

というような食べ方をしないんですわ。

今はそんなことないんですけどね。

こんな食べ方するのは、ぼくだけかというと、そんなことはなく

うちの息子と下の娘も同じような食べ方をします。

こんな食べ方って、やっぱり変ですかね?

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よ~く考えよ~。

仕事で保険会社に行ってきた。

別に保険契約したわけじゃないけれど、アフラックのアヒルの人形を二体もらってきた。

お腹を押さえたら例の「♪よ~く考えよ~♪」を歌いだす。

向かって左は通常版で、右はオーケストラバージョン。

なかなかかわいいのである。

オーケストラバージョンは他にもフルート、ピアノ、サックス、トランペットとあるようで

全部で何種類あるのかわからないけれど…

うちには娘が二人いるんで、分けたらええし

いらないようなら、二体ともぼくの車に吊るしておこうと思ってた。

ところが息子も欲しいようで、こんなに引っ張りだこになるとは思いませんでした。

そうなってくると、やたらあげるのが惜しくなってきて

やっぱり自分の車に吊るそうかと思ったけれど

一旦、あげるといったものを、やっぱりやらんというのもおとなげないので

やることにしたけど…

2÷3=…割り切れへん。

できれば、もう一つあれば子供ら三人で分けれるのになあ。

こんなことなら「もひとつちょうだい」って言えばよかったかな(苦笑)。

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擬態

生物の世界では、敵から身を守るため、あるいは餌を捕獲するため他の生物

や植物のように見せかけて擬態や保護色をとるモノがおりますね。

葉っぱそっくりのコノハチョウ、木の枝そっくりのナナフシ、

海底の砂と化すヒラメ…

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そして、エブフライそっくりの松ぼっくり。

あ、これは擬態とはいわないか。

第一、擬態する理由がないし、エビフライは人間がつくったものですかれねえ。

※ このエビフライそっくりの松ぼっくりは「森のどんぐり屋さん」からいただきま

した。

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大和の地上絵

不動産の公図や地籍図などの農地の中に9m~12mの幅で東西に意味不明の境界線が書かれてあることがあります。
別に気にもしてなかったのですが、今日、不動産鑑定士の先生の話を聴いてちょっとびっくりしました。
最近の研究でこれらが古代の官道であることがわかったらしいのです。
日本書紀では道路の建設は5世紀頃からはじまったとされています。
645年の大化の改新で駅伝制が定められ、約16kmおきに駅屋(伝令のための早馬を置いておくところ)が置かれます。
古代の官道は駅路として大路、中路、小路と呼ばれていたそうで山陽道は都と大宰府を結んでおり、古代の最重要幹線である直線の道路であったそうです。

私のウチから南に車で10分も走ると竹内街道があり、今はなにもない農地ですが幅員は36m~42mという非常に大きな道路であったようです。

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そんな時代に何故このような大きな道路があったのでしょうか?
山陽道の工事方法は不明です。
軍用の目的であったとか、海外の使節団に見せて権力を誇示するためのものであったとか諸説あるようですが…
律令制度のもとでは農民の成年男子には都への納税を直接に荷車により運ぶ必要がありました。
それは納税のための道であったようです。
しかしこうした官道は11世紀には消滅してしまいます。
武士階級が権力を握り税の徴収者となったこと、貨幣経済が発達して米等の現物による納税がなくなってきたからというのがその原因です。

空から見ると、ナスカの地上絵のように官道の土手の盛り上がりが見えるという人もいるそうですが、地上にいるとよくわかりません。
あるようでもあり、ないようでもあり…古代は霞んでいます。
ナスカの地上絵には謎やロマンがありますが、こんなにも身近に謎があるなんて
ちょっと驚きです。

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視線

以前にも同じようなこと書いたことがあるんやけど
目はモノの色や形を見るためにあるけど、それは光があって初めて見えるもので、本当の真っ暗な中では何も見えません。
だから見るという条件の前提として光は必要なんですね。
外部からの情報を拾うという受動的な役割があると思うのですが、反面「視線を感じる」などということが言われるところをみると、目はモノを見るだけでなく、目から何かエネルギーのようなものが放出されてるんじゃないか…というようなことを、考えた時期がありました。

昨日、鎮痛剤を買いにドラッグストアーに行ったのですが、薬を買ってお店から出て来ると何か誰かがこちらを見ているという視線を感じたんですわ。
それは自分を見ているのではなく、自分の先にある何かを見ているんじゃないかと思いその視線の先を見てみたのですが、特になにもありません。
これは間違いなくオレを見ている…そう感じたので、おそるおそるその視線の方向を見てみると

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なんのことはない。化粧品のポスターなのでした。
3月いっぱい忙しい日が続いたので、疲れがたまっているのか
それともモウロクしてるのか、なんとも変な感じでした。

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尾道 Vol.6 土堂小学校

尾道の土堂小学校といえば、あの百マス計算で有名になった陰山先生のいらっしゃる学校(だと思います。)
もちろん映画のロケ地にだってなってるし、アニメ「カミチュ」のモデル地にもなってるみたいです。
ま、それはさておき、尾道には道路にはみ出してる家が結構あったりします。支えの柱が立ってあるものや、二階の一部だけが道路にかぶってるもの。
いろいろあって、下の道は私道なのかなぁ。それとも支えの柱が立ってる部分だけが個人の所有地なんやろうか?
それとも、公道で、支えの柱が立ってる部分をその家に住んでる人が地代を払ってるのかな?
固定資産税はどうなってるんやろ?
地役権なんかが設定されてるのかな?
違法建築にはならないのかなぁ?
などとつい考えてしまったりするのです。

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ま、市立の土堂小学校(写真上)も道路上にコンクリートの柱が立ってるし、道路の上に校舎があるし、細かいことはいわん…というより、坂や路地が多いので、こうしないとしゃあないんでしょうな。

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